言ひ訳繕ふその前に

2005年2月27日

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H2Aロケット打ち上げ成功、おめでたうございます。気象衛星「ひまわり」の後続機である運輸多目的衛星の「MTSAT-1R」とかいふ名前が気に食はないのは、この際流しておきます(何で和名ぢやないの?)

早ければ5月末から正式運用開始との事です。頑張つて鮮明な颱風画像を送り届けてください。

追記

日本の人工衛星は“予定された軌道に乗った時点で”命名されるようです。ちなみに「ひまわり5号」も軌道に乗る前はGMS-5だった模様。

静止軌道に乗るまでは結構かかるから、だいぶ先の話だなー。

なるほど、納得しました。ありがたうございます。

宇宙に花開けといふフレーズが気に入つた。さうか。まだMTSAT-1R君は出生の準備段階なのか。

2005年2月26日

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と言ふ訳で、久樹 アマテルは昨日2月25日に、兵庫県某校の工業化学科を卒業いたしました。卒業したので高校名をばらしても問題はないやうな気もしますが。

さて、3年とは言へ、私にとってこの高校の3年間はあまりにも変化の幅が大きすぎるわけでして、感慨が湧かない訳ではありませんが、文章化にはまだ時間がかかりさうなので、そのうちにします。

取り敢へず。M氏、お疲れ様です。T氏、やつとお別れですね。白さん、独自路線も行き過ぎないやうに。

――これはどうでも良い事かも知れませんが、何故か私が同窓会の理事とかいふ在り得ない役割に任命されてしまひました。ッていふか、明らかに人選ミスだと思ひます。まづメールアドレスからして全然手がかりが無いわけですが(論外

ここはひとつ、第57回工化生同窓会サイトでも立ち上げるべきなの? まづ人こなささうだけど。笑ひ。

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HTMLの議論つて、結局なんなんでせうね。

HTMLにこだわる人は、HTMLを情報媒体として用いる。一応、表示の差異や不具合を気にはするが、それらのウェイトはそれほど大きくない。自分では殆ど意識しないくせに視覚障害者に対する優位性やアクセシビリティの優位性を主張せずにいられない。素直に色んな意味でStrictのほうが楽ができると言わないのが不思議。

同意。ランニングコスト、メンテナンスコストの軽減こそ、正しいHTMLを利用する――損得勘定上の――最大の利点ではないでせうか。

追記

SEO對策、アクセシビリティ、メンテナンスコスト、ランニングコスト――それらにおける優越は、互換性の高いHTMLの實際的な效能に過ぎない。

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割と散々な――ある意味妥当な――評判のOpera君ですが、β2が出たさうです。私? 勿論ダウンロードしますよ。

でも、何でFfに中々馴染めないのかなあ…。

2005年2月23日

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と言ふ訳で、京都に行つて参りました。

雪は見れませんでしたけど、早咲きの梅とその香り、美味しい湯葉と湯豆腐と蕎麦(?)を頂けて、友人とも大いに楽しませてもらいました。近場ですが、京都はやはり良い街です。

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未だに直接テキストエディタでXHTMLを書く私。手書きでいくのであれば、せめてローカル上でwell-formedか否かの検証を自動的に行へるやうにしなければならないと思ふ。

といふか、みなさんごめんなさいorz

2005年2月20日

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私がテーブルレイアウトを嫌ふ一番の理由は「ユーザスタイルシート使ひ」だからですよ。

いつそテーブルを無効化してしまはうかと思つてしまふ程、ユーザスタイルとテーブルレイアウトの相性は最悪なのです。

サイト名の簡易表記について2

サイト名の簡易表記についての続き。

実際に表示させてみた。

Opera8.0β
Operaでのタブの表示
Firefox1.0
Firefoxでのタブの表示

見ての通り、タイトル情報が全て蒸発しても、アイコンはしつかりと残つてゐる。一字だけの簡易表記よりもずつと解りやすい。それどころか、簡易表記のために下手に括弧などを入れてしまふ為、余計に早くサイト情報が蒸発してしまふだらう。

よつてサイトの簡易表記には全く意味が無く、かえつて逆効果なだけだと結論付けられる。

当記事のURL:http://www.takamagahara.info/notebook/2005/2.htm#D-20-2

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mixiのやうな本当の「日記」であれば、5分足らずで書けてしまふ。内輪つて凄い。

2005年2月19日

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さて、昨日の記事があまりにも乱暴な殴り書きでしたので、ちやんとタイトルの付いた正規版を出します。

正しいHTMLを学ぶ理由

発端

カナかな団の躁鬱「所謂正しい HTML」にて。引用すると長くなるのでリンク先を閲覧なされた方が手つ取り早いと思ひます。

なほ、あちこちのサイトで言及や論争になつてをり、徒委記にて「正しいHTML」に関する意見集といふ形でまとめられてゐます。

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仕様書で許されてゐることに従つた正しい(validな)HTMLを書くと言ふことは、謂わば「取扱説明書にそつたやり方」だと思ひます。しかし、ゲームにしても家電製品にしても、「必ず取扱説明書をお読みください」と書かれてゐながらも、そんなものには目もくれずにさつさと弄りだす人は大勢ゐます。勿論、読んだ方が良いに決まつてゐます。ですが、読まないで出来ない事もないから、読まずに使ひ始め、後から「こんな機能があつたのか」と呆然とする人が出てきます。久樹などその典型例。

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何故仕様書通りに書かなければらないのか? といふ問ひに、私は「取扱説明書に書かれてゐる通りに書くのは当たり前です」と答へます。取説も読まずにHTMLを書かうなんて無理ですよ、といひます。何故なら、結局取説に書いてある事が一番簡単で解り易くて妥当だからです。だから正しいHTMLとは何かと聞かれても、結局「さういふ風に出来てゐる」としか言へないのです。

しかし、HTMLに限つた話ではありませんが、決まりといふものは理由もなしに出来るものではありません。ちやんとそれが必要となるための歴史的経緯があつて、その上で必要であるから決まりといふものを作るのです。だから決まりが古くなれば変へれば良いのです。事実、W3CはHTMLからXHTMLといふ新しい「決まり」を作りました。

なので、決まりを反故するだけの価値があると言ふのなら、私はHTMLが正しくないと屑だ、とは言ひません。ただ一般的に、正しいHTMLを使ふ事が一番手つ取り早いのです。何も決めずにやるよりも、何かある程度「方針」があつた方が断然楽なのです。

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昨日も言ひましたが、正しいHTMLを書く利点は、アクセシビリティ的見地だけではありません。むしろさういふことは損得勘定からは考へ難い。或いは、「個人でやつてるから」云々と見切られてしまひます。

ですが、正しいHTMLを書けばシステムに妥当であるだけの保守性が生まれます。一番解りやすいのが「デザインのリニューアル」の時。font要素やbody要素の属性を使ふよりも数万倍簡単にサイト全体のデザインの差し替へを行ふ事が出来ます。

また、HTMLの構造がシンプルになるので、どこかで不具合――タグの閉じ忘れなど――があつても、すぐに原因箇所を特定出来ます。table関係の要素がひしめいてゐては、かうはいきません。

かういふランニングコスト、メンテナンスコストの軽減こそ、正しいHTMLを利用する――損得勘定上の――最大の利点ではないでせうか。どうも最近の正しいHTMLの啓蒙を見ると、アクセシビリティの面ばかりが強調されてゐるやうな気がするのです。(ISO-HTML夜話などはさういふ面をしつかり強調なさつてます)

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「正しいHTML」とは何か

かういふものはいつも後になつてから見つかるものね。

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最初からサイト設計をする際に正しいHTMLを採用する時は、上の話で良いのですが、問題なのは今までHTMLの書き方を知らなくてやつて来た人がふとしたことでHTMLを知つた場合。今までの文章を書きなほす苦労はどうするのか、と云ふ話。

率直に言ひますと、「今までは今まで、これからはこれから」と割り切つて欲しいものです。今までが間違つてゐたからといつて、これからも間違ひ続ける必要はないと思ひます。もちろん修正するに越した事はありませんが、新しい方向へ進むエネルギーを割く程の事ではないと思ひます(それこそ、対投資コストの話になる)。極端に言へば目次だけでも随分違つてくるものです。目次が一番よく使はれるページですからね。

……まあ、大抵の間違つたHTMLの使ひ方をしてゐる人(主に個人サイト制作者)は、とても意欲的に――コロコロと――HTMLの構造が変つたりしてますので、それだけのエネルギーがあれば問題はないかと。笑ひ。

余談

HTML全般の話をするときに、「後方互換としてのHTML」と「上位互換或いは相互互換としてのXHTML」を区別しなくて良いものでせうか。

あと、今回の話は仕様書で許されてゐることを守る正しさなのか、行間といふか、意図といふか、さういふものまで汲み取つて考へる意味での正しさなのか。後者が些か宗教的であるのは解るが、前者が宗教的であるといふのには上記の理由で疑問に思ふ。

当記事のURL:http://www.takamagahara.info/notebook/2005/2.htm#D-19-2

サイト名の簡易表記について

今更の話ですが、OperaにしてもFirefoxにしても、一番最後までタブに表示されるのは「アイコン」なので、一々簡易表記をタイトルに埋め込むぐらゐであれば、<link rel="icon" type="image/png" href="××.png">とした方が余程効果的だと思ふのです。

まさかそんなことにも気付かないと言ふ訳では無ささうなのですが。

サイト名の簡易表記について2

この記事のURL:http://www.takamagahara.info/notebook/2005/2.htm#D-19-3

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突込みを引用する際に突込み者の名前を出すのは、その必然性があるときだけですのでご安心ください。翻せば、それだけの必然性を見出す事は稀だと考へてをります。

仮名遣ひの指摘。いつもありがたうございます。

2005年2月18日

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Webといふのは、自分――も含めた最大限多数の人間――が楽をするためにあるものだとずつと思つてゐました。

でも、サイトは作品であり、生みの苦しみだの育ての苦しみだのが必要であることを知つたのが一年前の事。そして、HTMLだのCSSだのといふ「指針」は、その苦労を少しでも軽減させるためにあるものだと思ひます。

フォント弄りよりもem要素でマーク付けする方がずつと楽だし、レイアウトをCSSで一括管理した方が保守性も良くなるだらう。或いは、validなHTMLを書くほうが、あとあとになつて面倒なことにならずに済む――正規置換などその典型――とか、さうランニングコスト的利点こそが、私は一番重要だと思ふのです。

その考へでいくと、「HTMLありき」でも問題はありません。あまり乖離すれば問題でせうが、それこそ曖昧な日本人には「どつちでも良い」話です。結果よければ全てよしで、決まりはあくまでも過程の話。

私も自覚するだけで相当曖昧な人間です。チャットとかすると良く解る。論点がころころ変るし、的外れな意見ばかり言つてゐる。改善したいとは思つてゐても、齢18まで続けてきたこの性格が簡単にひつくり返る訳がない。のだから、脈々と受け継がれてきた日本人の気質が変るとも到底思へない。

だから私は、場合によつてはHTML4.01で書く事もありますし、p要素の中にobject要素を挟んでul要素を入れる事もあります。致命的バグを回避するために別のバグを利用する事もあります。所詮アクセシビリティなんて二の次ですよ。より正しくありたいとは思へど、修験道的自己鍛錬を目指さうとは思はない。人間は楽な方に転がりたがる。歴史的仮名遣ひも然り。

2005年2月16日

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仮運転免許証無事にストレートで取れました。次はフルハウスを狙います。

Internet Explorer7が出るらしい

今年の夏にβ版が出るらしい。

そりあさうでせうね。今までstrictな制作者を泣かせてきた数々のバグ。

  • HTML4.01にさえまともに対応してゐない(abbr要素やlink要素の未サポート。代替スタイル未サポート。等々)
  • XHTMLなんてもつと好い加減(文章型宣言もないのにrubyを適応させる。Application/xhtmlでの謎の誤判定。等々)
  • CSSの欠陥対応(隣接/属性セレクタや擬似要素の未サポート。contentプロパティの未サポート。全体的に解釈やレタリングがをかしい。等々)
  • 透過PNGの未サポート
  • 穴だらけのセキュリティ
  • 激遅仕様
  • などなど

さあ、どれだけ改善してくれるでせうか。あるいは、埋め合はせしてくれるのでせうか。

……えーと、ここまで言つておいて何ですが、内心私は結構期待してゐます。何より、Internet Explorer6に懊悩する回数が少しでも減れば万々歳。

各界の反応は、あまりよろしくないみたい。確かに、話を聞けば聞くほどIE7は駄目かなーといふ気がしてくる。単なる杞憂である事を祈るしかない。

法といふもの

少年法の精神は「保護」にあるのだから、保護する必要のない人間に少年法を適応させる必要はないと思ふ。単純に年齢で区切らうなんて発想自体がそもそもをかしい。

刑法の精神は「更生」にあるのだから、更生出来ない――刑で裁けない――人間を排斥する死刑制度を廃止したり、更生を全く期待せずただ単に社会から隔離するだけの終身刑制度を設けるのは矛盾してゐる。

法や決まりは一つで動くものぢやない。色々な考へ方や、背景や、他の決まりがあつて、はじめて活きるものである。これ一つを変へれば世の中が良くなるなんて、私には到底思へない。

2005年2月14日

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「こうあるべき」という理想を持つのは立派なことだと思うし、俺も持ちたいと常々思っている。けれども、それが現実と乖離した時、それはその人の足下をすくうことがある。

現実を全部受け入れた上で、進むべき道を考える。そうありたい。必要なのは「何故だろう?」を、勝手に打ち切らず、もっと掘り下げることだと思う。

考えてみれば、Webの制度はあまりにも人間完全論に頼りすぎてゐるのではないだらうか。Webはユートピアに成り得ない事を、今もつて証明してゐるではないか。

それでも、いや、だからこそ、私はささやかな抵抗を続けていきたい。私は人間である。

2005年2月13日

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まう昨日から

この歴史的仮名遣ひは「もう」と違ひますか?

goo辞書:もう(副・感)

確かに「もう」でした。(「まう」とする説もあるらしいですけど)

いえ、OS/2についておまへさま、まうやめませう、OS/2。が余りにも印象深かつたものですから。

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面白い事に、例の地下書庫案内所に来るアクセスの半数以上が、検索エンジンからのものである。しかも、何度も同じワードを検索して来る人までゐる。

Webつて不便なものですね。自由にリンクやブックマークしちやいけないなんてね。

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地下書庫案内所のWiki化計画は、取り敢へず白紙に戻します。

2005年2月12日

縁は奇なもの

ふとしたことから、mixiに誘はれることになつた。サイト内容から、どう考へても私には縁のないものだと思つてゐたのだけれども、好機に恵まれたのである。ただ、この好機も最初から潜んでゐた訳ではない。今年の目標として『横の繋がり』を掲げたのは間違つてゐなかつたと、今更ながら思ふ。

mixiには日記を書く機能がある。もう昨日から書き始めてゐるのだが、雑念雑記は日記ではないので、住み分けはそれほど難しくない。私信の更新が少し減るぐらゐだらう。

驚いたのは、NHKが好きな人は意外に多いと言ふこと。あれだけ不払ひ運動だか不要論だかが叫ばれる中で、NHKを好きであり続ける人は凄いと思ふ。そしてその中でも、昨今の事情に危機意識を持つてゐる事。ただ単に「好き」なのではなく、良い点、悪い点をしつかり見据ゑて改善を望んでゐる事が頼もしい。NHKも安心して改善に取り組んで欲しい。見てゐる人は見てゐるのである。

それにしても、今年に入つてからといふもの、やたら「頼もしい」と口にするやうになつた。今まで自分がいかにこの恵まれた環境を自覚してゐなかつたといふことだらうか。ならば、これは悦ぶべきことだらう。

2005年2月10日

知ってしまった僕

正しい道路交通法を学ぶ感覚は、正しいHTMLを学ぶ感覚に良く似てゐる。

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神道といへば、日本の場合、信仰する人がゐれば勝手に神様になれるらしい(学問の神とされる菅原 道真が典型例)から、案外選挙制なのかも知れない。毎年10月に出雲大社で国会開会するし、一応定員は八百万席と決まつてる訳だし。まだまだ余裕だ。

2005年2月9日

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卒業旅行は京都に行く事になりました。新快速で一時間足らず。便利な世の中です。

近畿に住む人は、その気になればいつでも気軽に京都に遊びに行ける利点を持つてゐます。……悪く言へば行き慣れてゐる場所でもあるんですけどね。主だつた観光名所は既に回り尽くしてゐるから、今回は自然の方を満喫したいと個人的に思ふ次第です。となると、一日乗車券の購入も視野に入れた方が良いかも知れない。

試しに調べてみると、結構色々あるらしい(京都エリアフリーチケットのご案内京都市交通局

JRで行く方が楽だが、フリーチケットは阪急などの私鉄の方が充実してゐる模様。嗚呼、でも新快速乗りたいなあ……(←JR派)

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実はまだFFT-Aクリア出来てません。さつさと進めたい気持ちと、この前買つた本も読み進めたいといふ気持ちとが毎回脳内合戦状態。教習所の余り時間がフル活用されてをります(笑)

FFT-AはFFT程どつぷり嵌るタイプのゲームではないやうなので、のんびりプレイするつもりです。そろそろ4番目のクリスタルが出てくる頃かな?

2005年2月7日

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どうも携帯電話の調子がをかしい。去年の暮、雪の中に落としてからだらうか。

まづ音が割れてゐる。そこまで酷くはないのであまり気にならないが、どこか違和感を覚える音である。さらに、致命的なことに、時々こちらの声が相手に聞えなくなる事がある。相手の声は聞えるのに、こちらの声が届かないのである。仕方がないので、メールを使つて用件を伝へることになるのだが、どうにも不便する。

メールやFAXの利点は、何よりも相手の状態に縛られないことだと思ふ。忙しければ後でゆつくり見れば良い、と言ふ、相手の都合に配慮した通信手段だと思ふ。一方、読む読まないを相手に依存してしまふので、確実に返事を求める類の通信には向いてゐない。厄介なことに、私に来るメールにしても電話にしても、後者のパターンが非常に多い。四六時中携帯を見てゐるわけでもないので、よく見落として怒られてしまふ。

そこで交換しようと思つても、残念ながら携帯の名義は父が持つてゐる。しかも次の更新で名義を移せと言はれてゐて、働き出すまでは交換出来ないのである。まことに面倒な話である。

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XSLTの勉強をしてゐると言ふことで、哀さんからIRCのチャンネル#XSLTのお誘ひを頂いた。頼もしい限りです。

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「価値観の自由」が公然と主張される世の中で、「18禁」や「差別表現」或いは「公正な報道」の基準が問はれるのはをかしいと思ふ。

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先日から近所の自動車講習場に通つてゐる。見晴らしは非常に良く、特に夜景は目を見張るものがあり、神戸に住んでゐて良かつたと思へるひと時である。

今日初めて自動車を動かしたが、何と言ふか、久しぶりに学ぶ事の純粋な楽しさを覚えたやうな気がする。勉学は本来楽しいものとは思つてゐても、中々さうはいかないのが出来る人間と出来ない人間の境目なのだらうか。

それはともかく、インターネットから予約出来るのは良いのだが、まう少し何とかならないものか。運転技術は玄人でも、Webページ製作技術は若葉マークである。改善を期待したい。

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最近やたら雑記の内容が硬いやうな気が……。いや、別に意識してゐるわけではありませんので、云々。

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FFT方面で著名なsite no.14(旧Room#14)のぎちょうさんが去年の暮頃からFireFoxに目覚めたやうで、しかもXHTMLを勉強中との事。

影響力のある方がValidなHTMLを掲げてくれるのは頼もしい限り。そのままstrictなHTMLになればなほ頼もしい。テーブルレイアウト? なんですかそれは。と是非言つてもらひたいものです。

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IRCつて、国際赤十字(International Red Cross)の略でもあるんですね。ささやかな驚き。

2005年2月3日

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レポートやつと終つたよ……。もう3時半ぢやないか。おかげで総枚数は24枚になつたけどさ。

まう寝ます。やつと寝れます。

2005年2月1日

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雪の話をした次の日に、雪が積もつてゐた。なんとも出来た話である。神戸の、それも沿岸部と言ふのはとにかく雪が降らない場所で、雪が積もるなんて年に一度あるかないか程度の珍しさである。

雪の積もつた情景は面白い。普段は土色の運動場も真白く染まり、タイヤの擦れる音の煩き道路が静かに煌く。時間が凍りつくなどと言ふが、雪の積もる情景と言ふのは本当の静けさ、冷たさを感じる。それは白の色の成す魔力なのか、それとも寒さの甲斐と言ふか、とにかくそんな感じがするのである。

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課題研究の発表会が終つた。これで高校生としてすることのほとんどが終つた事になる。

一応一番最後――つまりとりを務めさせてもらつた。ただ、他の人の発表があまりにも長引きすぎて、司会を務めてゐる身として、自分の発表に時間を割き辛い。言ふだけのことは言つたけど、予定してゐた話のほとんどは言へ無かつた。

自分の努力したことを発表できる場を設けて貰へると言ふのは、とても幸福なことだと思ふ。