天照白書用に、降雨条件と沙漠化について調べてゐたら、降雨以外の沙漠化の要件に「塩害」といふものがあり、さう言へばフィナス河と塩害について一筆書いてみるのも面白さうだと塩害について調べてみたら、沙漠緑化や灌漑とかなり深い関はりがあることが分かり、治水や治山といった政策的な話や、「塩水くさび」や「昭和33年塩害」といった全く未知の現象や災害にまでぶち当たった。自然現象ってつくづく奥が深い。
見出し要素に関する議論 - 徒委記 今回はずっと様子見をしてゐたのだけど、例によって一言。
私にとって見出し(h)要素の位置づけは、所謂「レポート」と同じ捉へ方をしてゐます。
レポートの見出しは基本的に木構造で、シンプルなものです。全てのセクションが何らかの見出しを持ち、上位の見出しが全ての下位見出しの文書にかかる。そのため、文書内の全ての見出しを包括する見出しは、必ず文書全体にかかってきます。では、文書全体にかかる見出しは――? となると、それは「表題」に他ならなりません。ですから、久樹はh1要素を表題と同等の要素として捉えています。
表題はh1要素ではなくtitle要素にあたるのではないか、といふ考へ方もあります。しかし、title要素はあくまでもhead要素の子要素ですから、所謂「メタ情報」であり、文書内に明示される表題とは区別されるものです。文書を軸としてHTMLを捉へるのはbody要素の子孫(すなわち「本文」)に関する話であり、head要素はHTMLとして「既存の文書より拡張した」部分です。
この理屈でいけば、HTMLはそもそも対象とする文書といふのを一切想定してゐないのではないか、といふ考へ方が出てきます。ネットワークで公開される以上、全く名前が不明といふのは困る。ですが、名前と位置情報(URI)さえ明確であれば、後の中身は好き勝手に書いてくれ――といふのが、HTMLの現在の姿勢ではないでせうか。
さう考へれば、見出しの範囲や、td要素内にブロック要素でもインライン要素でも入るなど、一見仕様上の欠陥とも思へるやうな曖昧な記述も、それなりに意味があるやうに思へてきました(まあ、img要素がインライン限定ってのは謎ですけど)
余談ですが、私は以前、HTMLはもっとシンプルで厳密であるべきだ――と考へてゐました。今も、自分が記述する分に関しては、さほど考へ方は変はってゐません。
ですが、仕様として許される記法であれば、どんな記法であれ不具合を起こすのは処理側(ブラウザなど)の責任ではないか、と最近思ふやうになりました。
仕様を守る――これは公開文書として当たり前のことです。だけど、仕様を守った上で更に「作法」なるものを持ち出して、ローカルルール的な運用をデファクトスタンダードにしてしまふと、仕様の記述自体が形骸化してしまひかねないのではないか、と。「あそこのUAは、みんなtable要素を入れ子にしてないからって、入れ子にするとバグが起きるらよ」といふ状況を作りかねないのではないか、と。
理由がどうであれ、仕様として決まってゐる以上は、やはりその通りに書かれてゐる可能性を捨てるべきではない、さう思ふやうになってきたわけです。もちろん、「利用者側」としてはそんなことは知ったこちゃないので、文句を言ったり改善を求めるのは自然です。だけど、仕様を守ってゐる以上は、「これが仕様」として突っぱねるといふのも、まあ、許されるんぢゃないかしら、と。
徳保氏の私にとっては理想的なコメント欄を讀んで、なるほどさういふ考へ方も出来るなと思ひ、試しに実装してみることにした。
但し一斉更新ではなく、次回更新から有効。Windows XPにおけるライセンス管理の覚書とか正しい二段階右折のやり方とかでは既に実装。
元々ブックマークとかコメントなどの少ないサイトなので、これで劇的に変化があるかと言へば多分無いだらうが、やってみる價値はあると思った。
The Wayback Machine service――つまりInternet Archiveの保管Web文書公開サービスがどうやら機能停止中らしい。
The Wayback Machine service is experiencing technical difficulties.
Thank you for your patience while we restore this service.
(久樹の怪しい訳――Wayback Machineのサービスは、(現在)技術的な難題に直面しています。サービスが復旧するまで、ご迷惑をおかけします)
筆者名が野嵜健秀
であり、文体も讀む限りほぼ一致し、かつLove Cream Puffからリンクが設けられてゐることから、言葉 言葉 言葉の制作者と同一人物であることはほぼ間違ひないと思はれます。
ブログに批判的だった氏がブログと言ふ形で復活することに批判的な方もをられるやうですが、私は嬉しう思ひます。或いは、実際にブログを使ってみて、野嵜さんがどういふ考察をされるかも楽しみです。
一応復活といふことで、件の記事を削除するか検討に入ってゐるのですが、検索エンジンを(meta要素などに依り)排除した上で公開を續けるといふ選択肢もあるので、もう少し考へたいところです。考へてみれば、最初からこの手で行けば、複数ページの増殖(チェーンテキスト)問題も起こりえなかったのかな(登録拒否のページに設けられたリンクが検索エンジンの評價にどう影響するのか知りませんが)、といふ気も今更してゐます。
余談ですが、私は昔からころころ意見が変はる人間だったので、「一貫性がない」といふ批判は常に覚悟してゐます(1年どろか半年前ですらひっくり返してゐることがある) その場その場ではきちんと考へて、「これが今の最善案」と思ひつつも、世の中には賢い人が多いもので、すぐに盤石の(と思ってゐた)根拠が崩されて行きます。要するに自分として絶対の價値観が存在してゐないからさうなるのですが、なかなか難しいものです。
アイスランド - Wikipedia 外務省: アイスランド共和国
いいなぁ。私は今まで海外に出たことがないのだけど、アイスランドは是非死ぬまでに一度行ってみたい。折しも最近北欧神話の本を讀む機会があったから、余計に。
問題は……やっぱり(英)語学力か…orz
誤字脱字の修正に加えて、随分昔に作った系譜図の追加や、FFT-獅子戦争-追加要素の反映など。ところによっては記述が大幅に変はってゐます。なほ、某祭への修正申請は登録〆まで控へる予定。
次は、辞書の修正か、きちんと睡眠時間が確保出来れば(註:別に仕事が苛烈といふわけではない)、今月中に一本シリーズものの考察を立ち上げたい。
asahi.com:自家製果実酒、おすそわけは合法 政府が基準を明確化 - 暮らし(記事は既に消滅につき以下全文転載)
2007年06月26日08時00分
自家製の果実酒を近所におすそわけしたり、友人にごちそうしたりするのは違法ではない――。酒税法に関するこんな見解を、政府がこのほど示した。合法とされる範囲があいまいだった自家消費目的で作った果実酒について、知人への無償提供を認めたものだ。
酒税法上、酒に水以外のものを混ぜる行為は原則的に酒類の製造とみなされ、免許が必要となる。無免許の消費者が梅の実や果実を焼酎などに漬け込む行為は1960年代以降、例外として合法化されたが、自分や同居家族が消費する目的であることが条件。他人に売ると違法になる。
こうした自家製酒の第三者への提供が許されるかは、これまであいまいだったが、政府見解はこの点を明確化。「無償で知人等に提供することは販売に当たらず、酒税法に違反しない」とした。
この見解は、逢坂誠二衆院議員(民主党)の質問主意書に対し、政府が22日に決定した答弁書で示したもの。質問は、逢坂氏の地元、北海道ニセコ町で起きた「事件」がきっかけだった。
ペンション経営者が自分で漬け込んだ果実酒を有料で宿泊客に提供し、評判を呼んでいた。だが、今春、税務署から「酒税法違反」と指摘され、酒の廃棄を求められた。
逢坂氏は「小さな飲食店や宿泊施設が、客に自家製の果実酒を提供することは広く行われている。一律違法とするのは実態に合わない」と話している。
で、その酒税法の法文が以下の通り。
酒類を製造しようとする者は、政令で定める手続により、製造しようとする酒類の品目(第三条第七号から第二十三号までに掲げる酒類の区分をいう。以下同じ。)別に、製造場ごとに、その製造場の所在地の所轄税務署長の免許(以下「製造免許」という。)を受けなければならない。ただし、酒類の製造免許を受けた者(以下「酒類製造者」という。)が、その製造免許を受けた製造場において当該酒類の原料とするため製造する酒類については、この限りでない。(後略)
但し、これには様々な例外が規定されてをり、果実酒工房/酒税法にて解釈の解説をなされてゐる(そのうちうちでもまとめる予定)
しかしまあ、法文を讀む限りとてもそんな感じは見受けられなかったが、政府解釈はそれなりに有効なので、「これが法」といふ論は立つだらう。
前々から思ってゐた疑問。「スーパー」と「ハイパー」って何が違ふのか?
[スーパー]と[ウルトラ]ってどっちが凄いんですか・・・? - Yahoo!知恵袋にて、語源に関する話が出てゐるのだが、依然としてはっきりしてゐない。別に「Super Text Markup Language」(STML)でも構はないやうな気がしてくるし、「スーパーゲイズ」と「ハイパーゲイズ」なんて謎そのものだ。語源が違ふ、だけ?
インクジェットプリンタの滲みやインク切れに遭ふ度に、レーザプリンタって良いよなあと言ふ気になってくる。会社のレーザプリンタは、早いし綺麗だし(カラー写真はいまいちだが)、何より経済的といふ言葉は聞き捨てならない。
とは言へ、既に2世代落ちレベルの高品種プリンタを有し、写真印刷の需要もたまにあることを考へれば、総じてインクジェットの方が良いのだらう。そして、「二刀流」にする程は印刷枚数が多くない(月20〜50枚ぐらゐ)
2chプリンタ板の某氏によれば、年間1000枚(月100枚)といふのが一つの損益分岐点らしい。レーザープリンタはインクジェットほど紙質を選ばず、トナー(インクのやうなもの)の寿命はインクより遙かに長いのだが、一方でトナー自体や本体の價格が高額なため、故障した時のコストが高くつく。使用電気量もインクジェットより多い。
まあ、まだインクジェットで良いかなぁ…(キヤノンも最近評判落ちてゐるし、プリンタ自体もそろそろ頭打ちといふ話もあるし…)
買ふとしたら、ブラザー工業のDCP-7010が有力候補。
私が女性専用車両を使うようになった理由|續・なぜ「私が女性専用車両を使うようになった理由」を書いたか
世の女性方には申し訳ないが、久樹も確かに電車で女性と接近することがあると、警戒するやうにしてゐる。冤罪に遭ふ可能性は低かったとしても、万が一被った時の害は甚大であり、かつ、対処コストが非常に低い(警戒して、不用意な行為を見せなければ良いのだ)のがその理由だ。
元々、女性方は見知らぬ男性が一定範囲に入れば無条件で警戒するだらう。上と同じやうな理由で。そして同様のことを、満員電車の中で男性方は実施する、それだけの話。どちらも処世術として「アリ」だと思ふ。
その後、そもそもさうなった理由は満員電車といふ現状にあるといふ論を展開されてゐるが、根本的に、日本の鉄道システムはどこかで閑古鳥が鳴き、その分どこかをすし詰めにしない限りは成立し得ない(そのうえ地方は、新幹線を引け引けと政治圧力をかけるのだ)
なので、問題を解決するためには人口の偏在を解消するか、交通密度を人口と損益分岐に相応しいレベルまで向上させるしかない。現時点で人口過密の解消といふのは効率的にあまりうまい話ではないので、私は後者に頑張って貰ひたいと思ふ。東京であれば、恐らく今の倍近い路線が必要だらうが、そこは大深度地下を利用した鉄道なり高速道路なりを作るしかあるまい(課題は多いが)
ちなみに、今限界まで使用されてゐる交通機関を少し拡充したぐらゐでは、下手に利便性が上がったためにそれまで以上に利用者が増え、結局状況が改善されないといふことが確認されてゐる(例へば、道路を拡張したが車の台数も増えたために渋滞が解消しないといふ話。実はシムシティでも再現可能かつ陥りやすく、都市計画に失敗したケースの一つである)
とは言へ、それに必要な費用は一体どこから捻出するのかと考へれば、当分は政治機運と技術更新、そして先例蓄積に期待するしかなささうである。もちろん、私たちも要望としてその願ひを持ち續けなければならない。それまでの暫定措置として、「女性専用車輌」なり「男性専用車輌」といった手段は、確かにやむを得ないと私は考へるわけである。
どうしても向かふしばらくは今更な話題が續くだらうが。不謹慎な箱男: ホームレスになってみよう。といわけで、実際にホームレスを3日間体験した人の記録。
3日といふのは、恐らく「何も知らないまま飛び込んでもまづ死なない」といふラインではなからうか。「体験」するには丁度良い時限だったのだらう。
それでも、人間は想像力があるから、仮想的に「今の状態が一生續いたらどうなるか」を考へることが出来る。まったく未体験の私たちが想像するよりも、遙かにリアルに。(注意すべきなのは、そのやうな想像が出来るのはそれを「体験してゐる間」だけである)
必ずしも全てのホームレスの方々がかう考へてゐるわけではなからう。中には笑顔を振りまく人たちもゐる。しかし、今私の家の近くにゐる多くの路上生活者の人たちを思ひ出すと、筆者の言葉が真実みを帯びて私の心に響きわたるのも、否定できない。
余談だが、実際に行動してみるといふのは大変貴重なことで、それが出来る人間もまた貴重である。私たち人間社会は、「今」を支へてゐる人間(生産者)と、「前」をまとめ「先」を切り開いてゐる人間(研究者)で成り立ってゐる。
私は、社会的役割からすれば生産者に属する人間であるが、このやうな人たちの研究によって、今では「研究もどき」のやうなことは出来る。素晴らしい時代になったものだ。
思はぬ形で、随分更新があいてしまった。また色々と考へてゐたのだが、まあ、結局の所、考へれば考へるほど、「考へることを止めたがってゐる自分」が存在してゐることを、嫌でも感じてしまふことだらう。それは、多くの脆弱性を抱へる私にとって、恐らく最大の敵である。
私はまた色々とここで書くし、また色々なことを考へるだらう。答へはまだ、見出だせてゐないのだが。