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組曲『ニコニコ動画』200万回再生記念祭職人芸をまとめてみた

222万回再生突破を記念して組曲『ニコニコ動画』職人芸集(200万祭版)を作ってみた。

ていふか、今月ニコニコ動画の話ばっかりだな。

組曲『ニコニコ動画』220万回再生・136万コメント記念祭最速職人芸(*1)

組曲『ニコニコ動画』(要ニコニコ動画アカウント)

ニコニコ動画コメントキャプチャ

ちなみに、最速で220万ヒットのコメントを書いたのは多分私だと思う。まあ、何はともあれおめでとう。続々と職人が降臨している模様。

註.1:私が見た中では、と言ふ意味ね。もちろん作者は私ではない。あのコメント速度の中、ここだけ奇跡的に空白状態になっていた。

リンクおよびCGIの修正

スタイルシートギャラリーを拝見したところCSSファイルの相対URIが間違つてゐるやうでしたのでご報告いたします。

また「より良い情報化社会を目指す為の覚書」の「迷宮サイト」もリンク切れになつてゐますので、併せてお知らせいたします。

久樹さんのスタイルシート、時折参考にしてをります。hr要素をcontentプロパティを使つて表現する方法には「なるほど!」と思ひました。今後ともよろしくお願ひいたします。

追伸、「簡易メール送信フォーム」も機能してゐないやうです。

ええと、実行パスが変はってゐたのにも気付かないと言ふか、サイトの移転以来全くテストしてゐなかった私が悪いんです。ごめんなさいごめんなさいorz


例のhr要素についてですが、これは「曉に死す」の区切り法(<div class="divider">* * *</div>)をCSSで出来ないものかと考へて書いたものです。何のバグか、IEだとデフォルトの水平線が出てくるので「これあ丁度良いぢゃないか」とそのまま本採用。そのためIE5とかで不具合が出ないか心配だったのですが、今のところさういふ報告も聞いてゐないのでどうやら大丈夫のやうです。――密かにメールの送り主さんのCSSに自分のサイトがちろっと紹介されてゐて、あのときは小躍りしたものです。

ともあれ、ご指摘ありがたうございました。


CSSついでに誰も話題にしないので自分で言ってしまふと、新緑スタイルXやこのスタイルで採用してゐる一部の見出し要素のインライン化は、ブロックの横幅を可変にするために採用したものです。中々気に入ったのでその後も使ひ回してゐますが、案外誰でも思ひつく手法だったかしらと今更ながら考へてみたり。

何なんだサンテレビ

ニュースEYEランドの頃からサンテレビの選曲センスは秀でていると思ってゐたが……

番組開始までの天気予報になんて選曲してるんだよッ!

あとコメントする奴らの何かに感化されまくったノリが非常に良かったw

何故か24時間後の時報のネタが流出してゐた件

2007/11/11 0:00の時報 2007年11月10日 23:19:14 投稿

目次が生成するリンクのパスに間違ひがありました

申し訳ありません。

コピー制限関係

あまりの迷走と責任のなすりつけ合ひっぷりに何ともかんとも……。


補償金に関して、久樹が言ふことは特にない。良い作品を作った人間に対して評價としてお金を出すのは当然の話。但しどこまで出せるかは消費者が選ぶところと言ふ視点は忘れないで欲しい。現行DVDは高すぎてとてもではないが手が出ない。精々レンタルショップで借りるまでである。

しかし、お金を出した以上は自分たちの好きに取り扱はせて欲しいと言ふのが本音。少なくとも一世代コピーとかそんながちがちに縛られた利用法を強制されたくはない。

コピー制限に関しては、私はWindowsXPやVistaのアクティベーション(MPA)が最良の答ではないかと考へてゐる。ネットワーク認証で、世代や総コピー数は問はず、一定期間内のコピー回数を制限するといふもの。CDコンポなどでダビングが難しくなるが、PCでのコピーしかしない私ならそれで満足する。

若しくは、質をアナログレベルに落とせば制限を解除するといふ道でも構はない。デジタル放送の利点は激減するが、一応「電波状態の悪いところでも一定の質が保てる」と言ふ意味では價値がある(んだよね?)


それにしても、ここまで話が拗れてゐるとなると、やはり当分は買ひ控へするのが賢い選択となりさうだ。取り分け世代コピーに関してはまだ意見が割れてゐるやうだし、これでまた仕様が変はって買ひ直しなんてことになったら目も当てられない。

スッキリしない面もあるが「アナログ放送を録画」若しくは「DVDをレンタルしてダビング」(CSSは回避)と言ふのが私の経済上倫理上の妥協点であり、GyaOも一応選択肢には入ってゐるが、あまりに使ひ勝手が悪いので中々利用しようといふ気になれない。

ニコニコのNG指定機能の改善案

ニコ動における所謂「ヘイトスピーチ問題」について。

差別意識による侮蔑的なコメントは見てゐて不快なだけだが、さう言ふ感情が舞台の底でドロドロと流れてゐると言ふ事実は認識しておくべき。ニコニコ動画とて理想郷といふわけではない。

で、コレを始めとしたコメント荒らし全体に対する私的な対策案を要望掲示板に投稿したのだが、ここにもコピーしておく。題して「ニコニコ八部」機能。

105 名前: no name :2007/11/10(土) 02:42:21 ID:ftU3ywiu 

 技術的なことはよく解らんから、取り敢ず考えたことを書き流す。だいぶ既出意見と重複分があるが整理も兼ねて。

 ・NG指定をコメとIDに分ける
 ・NGIDの指定数を500くらいにする
 ・上限を超えたときは古い指定から削除
 ・NGIDは会員IDか日替わりIDのどちらかを指定
 ・会員IDでNG指定が一定以上の場合、デフォルトでコメを表示させなくする
 ・表示させなくさせる水準は0、500、1000、2000、5000ぐらいに分け、任意で指定する(デフォルトは1000)
 ・但しNG指定された本人は常にコメは表示される
 ・自分がどれくらいNG指定を受けているのかは分らない

要するに、荒らしを気付かれないように八部にしたらどうかという話。

 ・一般人には荒らしコメントは見えず、荒らしには荒らしたコメントが映るので、みんなニコニコ。
 ・日替わりIDは、歌詞などその動画だけ同一IDのコメを非表示にしたい時用。
 ・信者やアンチ嫌いは非表示水準を下げる。多少いないと気持ち悪い人は上げる。
 ・すると、誰もがNGIDを指定する必要はなく、それを許容できるぐらいの表示水準に指定数が落ち着く。
 ・許容度の低い人やNG指定荒らしはどんどんNGIDを追加するので、押し出しで放免されるIDも多い。
 ・結果的に水準ごとの指定数が(たぶん)最適化される。
 ・もちろんそのうち気付いて垢を捨てて別の垢をとるだろうが、垢BANよりも長い時間有効
 ・捨てられた垢はそのうち新陳代謝して指定から外れる


考えただけでもサーバ側の処理が大変なことになりそうなんだが、
「どうしたら一番誰もがニコニコできるか」的発想で考えたらコレしか思い浮かばんかった。

ちなみに細かい数字は適当。

少し補足すると、ニコニコ動画でのコメントには、2chなどの掲示板とほぼ同様の仕様のIDが付与されている(らしい)。NGIDに指定できるのはこのIDだ。しかし、このIDは日が変わるとリセットされてしまふ(らしい)ので、粘着質の荒らしであれば連日荒らされることになる。正直それでは意味がないので会員(User)IDで弾かせて欲しい。

また、現在NG指定できるID又はコメントが最大20件までとなっているが、どう考へてもこれは圧倒的に少ない。ニコニコ動画の登録会員数は2007年10月9日の時点で342万人でそのうちユニークユーザーが120万人(ニコニコ動画(RC2)発表記者会見)であるが、そのうちコメントを入れるぐらいアクティブなユーザが3割の36万だったとして、そのうち悪意のコメントを寄越す輩がたった0.006%弱と考へるのはあまりに楽観的過ぎる。ただ、無制限にしてしまふとNG指定荒らしの思ふ壺なので、指定しまくれば一杯になる程度が良いかと思って500件とした。

そして、NG指定はあくまでも「こちらからの働きかけ」がない限りコメントを排除できない。むしろさういふコメントは「最初から表示されない」方が私は嬉しい。だから「元から表示しなくする」機能の実装を望むわけである。

正直こんな機能ない方が良いのだが、実際これに代わる機能と言ふのを浅薄たる私には思ひつかない。それで投稿者の虚栄心が満たされるのであれば、それはそれで良いのではないか。投稿停止にするとすぐに再アカウントを取得されてイタチゴッコや、あるいはmixiみたい携帯電話の認証番号が必要云々というますます馬鹿馬鹿しい事態になりかねない。


ただまあ掲示板上でもスルーされたところをみると、重大な欠陥があるか技術的に難しいんだらうなぁ。

しかしながら、「世の中どこもかうだから仕方がない」という諦めは、少なくともこの分野でするのはまだ早すぎると思ふ。どうすればより大勢がニコニコできるのかという仕組みを考える、その努力を放棄すべきではないと私は思ふ。

言ふのは自由 そして受け取り方も自由

何でも、ある人(idiotape氏)がブログで子を持った自分の喜びをネット上で爆発させていたら、ある人(hasigotan氏)に幸せは、当事者間で慎ましやかにかみ締めていればいい。幸せを語れば、必ずその裏で誰かが傷ついているんだ。何もない者たちを、さらに無気力にさせているのはお前だよ。徹底的に批判されて、結果男性は謝罪とともにブログごと閉鎖しましたとさ、といふ話。思はず中島 みゆきの十二月を思ひ出さずにはゐられない。

不毛と言へば不毛な話で、根本的に「持つ者」と「持たざる者」と理解しあふのは難しい。ラムザとミルウーダ然り。先進国と途上国然り。そして健常者と障碍者然り。

しかしネット上では、己の幸福を讃美することも、それを己の不幸を理由に批難することも、その批難をまた「胸糞悪い」と批判することも全て認められるべき(事実無根の誹謗中傷なら話は別だが)で、逆に言へばものを書いて公開する以上「不愉快だ、死ね」と言はれる覚悟は必要だらう。


元々インターネットには少数派が同士を求めて集ふといふ構図が多くあった。そこに多数派が侵略してくれば、不愉快に思ふのも道理。だからhasigotan氏の話も分らなくもない。氏の意見には同意しかねるが、今ひとまず幸福な久樹は氏に対して「ああさうですか、それはご愁傷様です」といふ以上の言葉を持てない。

だから、せめて「多くの幸薄きものに安らぎと幸福あれ」と願ふばかりだが、この「持つ者」の安っぽい同情を普遍的な感情とみるか、単なる傲慢や偽善とみるか、それもまた讀み手の自由である。