Webサイトを作りたいと思った時に考えて欲しい事。Webサイトを持つ人が覚えていて欲しい事。
World Wide Webは、世界中の情報に瞬時にアクセス出来る、巨大なネットワークシステムです。それは元々、論文の公開や、情報交換――つまり「批判」のためにありました。
Webが生まれる以前、自分の作った何かを他の人に見てもらうのは大変なことでした。小説で言えば、独学で文章力を磨き、数多の同じ思いを抱いた人を蹴落として新人賞に輝いたものだけに与えられる、謂わば特権のようなものでした。しかしWebの普及は、誰もが簡単に自分の作ったものを見てもらえる世界を実現しました。これは掛け値なしに素晴らしいことだと思います。
しかし、考えてください。誰かに何かを見せる事への責任は、今も昔もそれほど変っていないのではないでしょうか。不特定多数の人間に対して公開されたものは、書籍であろうがネット文章であろうが、制作者が負う責任は同じであるはずです。
書籍でかかれたことは、新聞や評論誌などで批判されることもあります。同じように、ネットで公開された文章も、どこかで誰かに批判される可能性を持っています。それが正当な批判でなく、単なる罵詈雑言である事も、ネット上ではよくある話です。Webサイト制作者はまずそのことを覚悟しておく必要があります。あるいは、そういった批判を受けたくないものはWebに公開すべきではありません。Webは自分だけの世界ではないのです。
あるいは、「自己満足」で終ることは勿体無いと思います。せっかく誰かに見てもらうのですから、良い点ばかりでなく、拙い点をしっかり指摘してもらった方が、ずっと自分を高めるのに役立つのではないでしょうか。(勿論、全く反論も受けつけず、自己満足で完結させるというのも、スタイルとして「あり」です。そういう人は、閲覧されるかどうかは全く別次元の話ですから)
また小説の例え話ですが、何か物語を書こうと思うとき、まず筆を持つ前にやるべき事があります。それは、原稿用紙の書き方をきちんと学ぶことです。一般的な小説の審査では、まず原稿用紙の書き方が正しくないと、どれだけ内容が優れていようとも一次審査で落とされるのだそうです。そうでなければ「何でもアリ」になってしまい、讀む側の負荷が大きすぎるからでしょう。
私は、これからWebサイトを作ろうという人には、どうかこの『Web文章の書き方』をきちんと勉強して欲しいと願っています。と申しますのも、現在Web上に存在するサイトのほとんど、およそ8割以上は、この書き方を全く守っていないのです。これには色々な事情がありますが、要は、Web自体が文章の書き方(規格)を決める以上の速度で普及してしまったのが原因です。また、Webに対する認識が人によって違っていたのも原因の一つとして挙げられるでしょうが、とにかく、これからWebサイトを作ろうと思う人には関係のない話ですし、関係のない話であるべきです。
時代は変わり、Webには色々な技術が生まれました。その全てを覚える必要はないと思います。自分が必要とする技術をしっかり見極め身につけていけば、Webは使い手(発信者受信者双方共々)にとってとても有意義なものになります。
よく「自己紹介と掲示板とリンクしかないようなサイトは屑だ」という具合の論調を見かけます。しかし、私はこの主張に真っ向から異議を申し上げたい。
自己紹介だけでも、それは立派にWebでたった一つしかないコンテンツ(情報)です。Webで重要なのは、それが必要とされることかどうかだと私は思います。例えば掲示板などを巡る際に、一つ詳しい自己紹介を書いたサイトを用意しておけば、初めて話をする時の参考に出来るでしょう。そういう理由でも構わないと思います。あるいは、リンク集だけが屑というのであれば、Love Cream Puffなどはどうでしょうか。これはリンク集に特化したサイトですが(もっと広く見れば、GoogleやYahoo!だって巨大なリンク集の一つです)、その利用價値を否定出来るのでしょうか。
理由なんてどうでも良い。目的だって作っているときに変るかも知れない。要は、他にはない自分だけの價値を作り、それを構築していく。それがWebサイトに求められるものです。
私自身の話をいたしますと、このサイトは、本来FFTというTVゲームの一ファンサイトとして作っていました。しかし、それだけでは他のサイトと似たようなもの。いやそれどころか、自分の拙い文章力ではWebサイトとしての價値があるかどうか解らない。そう言う思いを抱いていると、次に「じゃあ今FFTのファンサイトには何が足りないのか」という考えをするようになりました。
それはつまり、自分がFFT関係のサイトを周っていた時に抱く不満でもあります。ネットを続けていると、どこかに必ず「こういうものがあれば良いのに」と思う事があります。あるいは「自分ならこうするのに」と思う事があります。月夜同舟や高天原アンテナは、そういう思いから出来たものであり、そういう思いこそが、あなたのサイトに求められることです。そして誰かが抱く「不満」とあなたの「不満」が合致した時、それはあなたのWebサイトに常連が誕生する瞬間でもあります。
Webサイトは一つの「作品」です。従って、自分のやりたいようにやれば良い、とも言えます。これはある意味で正しいと思います。
更新の滞ったサイトでは、しばしば「更新が遅れて申し訳ありません」という一文を掲げます。別に更新を期待してアクセスする人だけではありませんし、更新する・しないは制作者の自由です。急場しのぎでくだらないものを作るより、じっくり時間をかけて作り上げた良い作品の方を、アクセスする人は期待しているはずです。
Webサイト作りは決して「奉仕」ではありません。だから、公開しているから、更新しているからと言って制作者が「偉い」わけではありません。良い作品の誕生に、上はなく下も存在するべきではありません。
そして宣伝というものも、本来は最小限で十分なのです。一般にWebサイトの宣伝は過剰気味の傾向にあります。口コミの力を侮ってはいけません。検索エンジンの力を侮ってはいけません。大切なのは外に向けられる力より内を高める力です。
Webは、単に「見る」だけのものではありません。これが、書籍とは違う、テレビとも違う、Webだけにある長所であり武器です。
例えば、Web文章を「聞く」人がいます。視力に障碍を持った人がインターネットに接続する時、Webは見るものではなく聞くものになります。言語障碍の人にとっては、Webは話すものであるかも知れません。また、Webの情報には本来「絶版」はありません。公開された情報は半永久的に保存され、いつでも参考にしたり、議論の対象にしたり出来ます。(これについてサイト制作者はURLの恒久性についても参考にして欲しいです)
限定した考えを捨ててください。あなたのサイトに價値を見出す人が、あなたの考えうる範囲から漏れている可能性だって0ではないのです。Webの規格は、誰もが使いやすいように考えて作られています。情報のバリアフリーを目指しています。そういった思想を、たとえ自分には関係がないと思えても知っておくべきです。